日本の食品市場を中心に食品や食品関連技術を専門としたアドバイザリーコンサルタント 久保村 喜代子

 
クボムラーナ

Kubomura Food Advisory Consultants Japan Food Innovation 久保村食文化研究所

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食文化と食品添加物考

第一回 「はじめに」

加工食品新製品開発は、一年に凡そ6万アイテムが氾濫!
コンビニに並んでいる商品の数の凄さに素直に驚きを感じるから不思議なものだ。
小さなオフィスは、日本でただ一つのフードシンクタンク、当然食品メーカーとの新製品開発の実績はそろそろビジネス人生で1000アイテムに近づきつつある。
さりとて、食品メーカーさんのサポートが故に、私がやったぁ!とは決してアッピール適う事のない世界を体験して今日に至っている。
何故に長く?その理由は、香料が専門であり、沢山の香料原材料・素材を学び、光栄にも一連の工業化へサイエンスバックグラウンドを学んで経験を積んだからだ。

 

Msli und Zucker

 

専業主婦から食品業界への道のりの最初は、所謂料理研究家としてフードサービス用レストランメニュー開発を経験から始まった。
加工食品の開発は、レストランメニュー開発と比較して大きな違いがある。
第一レシピー(配合)のスケールは、巨大なボリュームであり、製造過程の食品衛生から保存性の問題などをクリア、消費者へ安心・安全なものを提供しなければならない。全ての食品メーカーは絶えず研鑽を積んでいる。

開発をしていて感じる事だが、何が食品で、どれが食品添加物かは実際よく分からない。
事実、食品関連の法律があって、色々決められている事もある。食品加工の為の規制が主であって、安全性を基準に考えられている。
料理の世界から、食品を加工保存する為には、食品添加物の長い歴史と人々の食品に関する叡智の結果として誕生するからだ。更に、全ては食文化からの影響度から原因している。しかし、この大切な源にもなり得る点について、不必要と思われてか、それとも現実区別するのが難しく、詳細な内容と共に語る人が少ないのかもしれない。
大方の消費者は、添加物は悪いものだという認識が当然のような世相と添加物に対する学びが欠如しているからだ。現に、中高の家庭科の教員でさえ、添加物は危険であるという根底のコンセプトで生徒に教えるから遺憾そのもの。

現在、様々な形で使用されている食品添加物、広義に説明したら、古来からの味付けや、調理する時に加えている物の中にも沢山の食品添加物がある。広義で言えば、塩、砂糖の類からの調味料も食品添加物であり、食品工業が発展するまでは、基本的な意味での唱えられ方をしていた。第一、自分自身も英語表現で言うケミカルな物だけを思っていた程だ。今現在も依然として消費者問題サイドでは、昔からの販売中止になった食品添加物、例えばAF-2やチクロなどがイメージを悪くしている。

新製品開発には、必ず今の食生活の状況を把握しないといけない。次のトレンドを予測できないと失敗に終わってしまう。これが、簡単に出来たら、その食品メーカーには昔風の表現で言う蔵が立つ。しかし、決して、現実は上手くいかない。
昨今では、新製品の上市と製品の撤退のサイクルが早すぎる。その一因は、コンビニという便利なお化けスーパーが牛耳っている。売れなければ直ぐに別の新製品に。。。毎日のデーター集積システムは瞬時のような様相だ。

 

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そして、必ず業界で言われるジンクス、食品添加物の新製品がヒット商品を作っていく。健康志向機能性素材といえばイメージ抜群であるが、一体なんなのだろう?
製品開発を焦るが故に、何も無く不景気の場合、必ず、増粘安定剤を再確認したら良いとも言われているし、実際、本当にこれでヒットしている事が多い。
何故だろうか?答えは、簡単である。食品加工の基本は、調理操作の加熱操作であって、人間が他の動物と完全に超越
した火を使い熟す事ができたからである。この加熱操作によって、食品のテクスチャーは、完全に変化するのであって、新製品開発において、なんらかのテクスチャー関連を改良する事が、必需となってくる。結果、増粘安定剤を利用して、テクスチャーを保持して、好みの組織にする事は、当然、開発の仕事となる。しかし、皆がこのテクスチャーの意味を本当に理解できるのだろうか?外国人の表現するそれと、日本人のそれはどの位、差異があるか御存知だろうか?

日本語のテクスチャー、つまり食感の表現用語は、欧米人の語彙より遥かに多い。
例えば、スパゲッティーのアルデンテとは?では蕎麦やうどん、そしてラーメンの麺類の表現を翻訳は難しい。
説明するにはあまりにも困難で、今話題の和食も一体何?説明不可な日本の食の状態を表している。ほんの少し前までの日本人は、伝統的な食生活を維持してきたのに、何故か、この舶来の食べ物に強烈な憧れと風味の強烈に惑わされて飛びついてしまったのだろう。

結果で素晴らしい事とどうしようもない事の2つに分かれてしまった。確かに、今の日本は、飽食と言われているが、本当の意味での豊かさの証明になるような食生活をしているかどうか?あなた自身はどのように思っているか?それとも、どうでもよいかだろうか?

 

食品加工産業と食文化の関連は、密接であり、それは、いかに料理の調理作業を省いて、保存できるようにして美味しく食べるかが基本的な考え方にあるからだ。大体、世界中の人々は、その文化、その民族の歴史観から長い間の生活の中から、その土地に生きていく上にあった食べ物を繰り返し、食してきた。食べては体験して毒か毒でないか?安全で、体に良いものを選んできては食べ続け、不思議な事にその民族に適合した食生活を築いてきた。

現在のように進歩しつつあっても食品添加物の用途は、この新製品開発のように際限なくその使用方法など発展しつつある。少し前まで、このような使い方をしていたものが、今回の製品には、別の工程で使われていて、異なった働きをしていたりする。お蔭で、同じ食品添加物を、今回の製品開発のキーポイントであっても、他のレシピー開発の中では、補助の役目をしているかもしれない。しかし、その昔は、本当の意味での食生活を維持するための、そして、生きていくための試行錯誤であった。恐らく、その土地、民族各々の食生活が出来上がるまでには、沢山の犠牲者がでてしまったに違いない。今、ちょうど秋、毒茸をどのように見分けられるようになったか考えてみてはいかがか?山に行くと、とてもきれいなそれは、知らなければ、猛毒かもしれないのに、もしかしたら、食べたいと欲求にかられる芳香かもしれない。案の定、採って食べてみたら、大変なことになってしまったという事がどれだけあった事か!

人類の歴史の中での食品と食品添加物の関係は、長い年月と共に習慣化の後に、立派な食文化を造り上げてきたのである。このような物が、どうして、食品添加物になるのか、不思議なものが沢山存在する。しかし、それが普通な食品なのに、遥か遠くの土地では、食品添加物という事が多々ある。それだけ、食品添加物か、食品かは、区別しにくい。
読者そして食品業界の人々が、この連載、食文化と食品添加物の歴史から、今、現実も踏まえて、これが、どのように考えられてきて、実際に使用されているかなど、商品開発といつもの食卓、食事内容と絡めて話していきたい。

 

因みに、食品添加物は、

  1. 食品の製造に必要な物
  2. 食品の保存性を良くし、食中毒を予防する物
  3. 食品の品質を向上させる物
  4. 食品の風味、外観を良くするもの
  5. 食品の栄養価を補充強化する物………と5つの分野に分けることができる。

しかし、実際は、このように綺麗に分けて考える事ができるかどうかは、非常に難しい。レシピ―開発の際に、調理操作の中に、どのように組み込まれているかで変化するからであり、最終的に、出来上がって食べるだけになった時に、初めて、これはこのような働きをする食品添加物と言う事になる。

 

更に、天然物の場合、長い食文化の歴史から定義の上で、どのように判断しても食品添加物であると思われるものでも、昔から、その土地、民族の食べ物、食品と考えられている物が沢山ある。特に、風味付けの基礎調味料的な物は、昔から、食品と見做されている事が多い。

例えば、食塩、香辛料、昆布、鰹だし、鳥獣肉類のストックなどは、正に食品の扱いを受けているが、その土地の食習慣で、それらは、もしかしたら、通常は食品なのに、その食品と全く異なった用途に使われてしまったら、食品添加物と見做されてしまう。そのような例など、食品添加物と食文化は、大変な係わりがあるので、こうした食品添加物の使用許可、使用方法、表示問題など、国際的な志向になってきている。第一、今世界は、その食生活に慣れるか、慣れないか、感化されるか、されないかは、その土地、国の人々の食品加工工業の進歩の如何によって、決まってしまっているからだ。欧州、米国、東南アジアと各国の食文化的な影響を組み入れなければ、加工食品の商品開発は進歩しないのである。

 

今回は、興味ある食品の話しから………。

先程、食品の新製品開発で、テクスチャー関連の原材料が思いの外、開発の強烈なアイデアと述べた。開発の鍵は、欧米との美味しさを感じとれる違いが、全てであるように思えてならない。要は、外国人が美味しいと思っても日本人は、美味しいと思えないものが沢山あって、その根本は、味わいの感じ方の違いでもある。そこには必ず、その土地・民族の食品と風味が存在する。グミキャンディーにしても欧米のそれは、恐ろしく歯に当たると言った表現の方が当たっている。日本のそれよりも硬く、とにかくこれ位なら、育ち盛りの子供の咀嚼運動の際たるものになる筈である。このテクスチャーを日本人向けに「クチャァッ」として、こよなく甘い果実の香りは、大ヒット商品になった。このような微妙なテクスチャーの原材料は、どこから来たのだろうか?日本の食生活に昔からあったのだろうか?日本の食生活にこの原材料のゼラチンは?食品か、それとも食品添加物なのだろうか?

 

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この日本のグミキャンディーの原材料のゼラチンは食品加工における食品添加物であり、ゲル化剤である。しかし、食文化のなかでゼラチンは?日本と違って寒い欧州の国々には、生きていく為からの食生活の知恵、日本風で言う煮こごり料理が沢山ある。そして、この時の料理の煮こごりは、正にゼラチンであって、食品である。

ヨーロッパの人々は牧畜民族であり、日本より、遥かに緯度が高い寒い土地で生きていかなければならなかった。冬籠りの間の食糧をどうやって保存したら良いだろうか?必然的に牧畜民族として、自然発生したのである。晩秋に、ドイツの農家では、この時期に、大事な豚を殺して、肉は当然の事、何から何まで、そう、皮から血まで使って、ソーセージにして長期保存する。有名な料理、アイスバインを一度トライして欲しい。皮も骨もついたままの豚の拗ね肉をじっくり塩漬けした後に。ぐつぐつと茹でるようにして煮た料理である。まるで、骨や皮からでたゼラチンが、味わいの全てであり、食品そのもののゼラチンだ。

このような煮こごり・ゼラチン料理は、ヨーロッパには沢山ある。私は、フランス料理のフロマージュ・ド・テーが大好きだ。子牛や、豚の頭肉の煮こごりで、口の中で、瞬時に蕩ける本当のゼラチンフレーバーを堪能叶う。イタリア料理のオゾッコも同じような料理で、骨の髄のゼラチンは、実に美味しい。しかし、日本にもこのような煮こごり料理はあるが、魚の煮汁があるが、そのゼラチンの性質、魚臭さがどうにも邪魔をしたようで、こうしたヨーロッパのようなゼラチン工業が発達しなかったのであろう。

今の日本は?このゼラチンは立派なゲル化剤的な働きがメインで、食品添加物になっている。畜肉産業から生まれる副生産物は生き物から贈り物であり、工業化製品になって食品メーカーによって加工食品に利用されている。

次回は、ヨーロッパでは、何故か、寒天は食品添加物であるのに、日本では、立派な食品である。こんな、食品と食品添加物の食文化から、美味しいものを求めている食品加工の姿を話していきたい。美味しいものには、食品加工の為の大事な食品添加物が沢山含まれている。

 

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