日本の食品市場を中心に食品や食品関連技術を専門としたアドバイザリーコンサルタント 久保村 喜代子

 
クボムラーナ

Kubomura Food Advisory Consultants Japan Food Innovation 久保村食文化研究所

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論文・出版物

食のグローバル化考

ハエの話 たかがハエと思ってはいけない

第二次世界大戦後、先進国の仲間入りを果たした日本は、本当の食の先進国になったのだろうか。食のグローバル化もアメリカに習えなのだろうか。

仕事がら海外に行く機会も多い。昨今の欧州はユーロ通貨でバブルを満喫。そんな中、すでに一部の国々から、不景気風が強烈な寒波とともに来襲されつつあると肌で感じる。ミネラルウオーターが、日本の約一・五倍ほどの値段に高騰。便秘気味でも下痢さえしなければ、宿泊ホテルのタップウオーターを飲んでしまおうかと一時考えるのは私だけだろうか。いや、海外に出たら、まず身の安全、健康第一、となればきちんとした信用ある食品メーカーからのそれを買おうと心変わり。

ところで“国防”とは何? それは国民を守ること。ならば国民を守る最大課題は健康だ。健康を維持するには正しい食生活からと誰もが考えたい。そこで“安全な食品とは何か”が問われる。

あまり過激な事は言いたくないが、昨今のグルマン気取りを返上して一昔前を思い出して欲しい。戦後生まれ、ベビーブーマーの後の世代に育ち、子供の頃は、ごちそうがもっとも嬉しかった。食生活の向上で一定の満足感を得た今日、安全な物が食べたいと、教養ある人々が、やれ農薬、遺伝子組み換えなどさまざまなテクノロジーに批判を投げかける。

本当の食品産業に身をおいた人はそんなコメントは発したがらない。発したとしても、決して得にはならない事がわかっているからだ。現実を知り、対策を講じる必要性を重んじたい。

国際線に乗るといつも思い出す。お隣の国へ行くために成田から飛行機に乗り込んだ時のこと。途端に、大きなハエが機内を飛び回っている。寒い冬なのにいやに元気。綺麗なお化粧美人のフライトアテンダントに“フライ、フライ”と捕まえて欲しい旨を懇願。最初は何のことだか無視。久しぶりのビジネスクラス、機内で過ごすのに、不衛生のようで嫌だ。何とかして捕まえようとしたが、フットワークの優れたゆえか、どこかへ隠れてしまったようだ。乗務員はハッチを閉めた。たった数時間のフライトで現地についた。ハッチを空けた途端に、乗客のだれよりも先に脱出。かの地は、わが国もよりももっと寒いけど大丈夫なのだろうか。小さなハエは、途轍もなく遠い旅を簡単に成し遂げてしまった。

この折、再度一匹のハエと一緒の時を過ごすはめに遭遇。著名な食品会社の工場から帰路の事。乗用車の中に、ハエが私たちとともに乗り込んだ。街まで一〇〇キロメートルほどの距離。車内で、ハエが飛び交っているが、誰一人捕まえようとしない。ここ一番と決心して頑張ったが交わされてしまった。挙句の果てに、またも隠れて出てこないではないか。

小さなハエの事、どうでもいいではないか。仕事の話に花が咲き、そのままに。外は寒いが、窓など開けなくてもエアコン完備で最新の空気清浄と温度設定は完璧。またもや、現地に到着するやいなや、ハエが脱出した。

食品会社に働いていたとしても、ハエ一匹を極端なほど神経質に捕まえなくても良いのだろうか。それともたかがハエの事、でも微生物の媒介など異物混入から大きなトラブルの元にも。何故捕まえない。

戦後の日本で、昨今お目にかからなくなったハエ取り紙。天井から長くつるしたそれを、今の若い人々は知らないだろう。このハエは、もしかしたらその工場の天井から吊るされたものを巧みに逃げ切ったものかもしれない。今日では、真冬でもハエを見かける。現に昨日、わが家で一匹のハエに気づいた。

狭いキッチンでハエと格闘して、ハエたたきが活躍。そして安堵。たった一匹にこれほどの神経を集中する必要があったのだろうか。自分自身を含めて、随分、現代日本人は清潔漢になったものだ。

昨秋、アメリカの食品工場を訪れた時、またもや小さなハエが工場内をぶんぶん飛び交っている現状に驚愕。この私は、神経質すぎるのだろうか。

およそ数十年前まで、アメリカの食品産業は、人件費の安さやその他の要因で、ラテンアメリカへ移転されていった。今の日本の食品業界のように、安い生鮮野菜が沢山流入され、当然アメリカ国内でもホストハーベストなどさまざまな問題が噴出した。しかし、世界でも有数の食糧自給可能なアメリカは、国策として転換を図り現在の様相へと変貌を遂げた。たった五~六%の人口が農業に従事して豊かな食糧事情を作り出しているにもかかわらず、食品産業そのものの考え方の転換を自国産業としての育成に国を挙げて実現。その結果が、ヒスパニック系の人々がアメリカ移住して働く条件を作り出した。当初は、西海岸での野菜作りの季節労働、いわゆる出稼ぎ。オンボロトレーラーに家族みんなで暮らし収穫作業。収穫地域ごとに家族で移動していたが今では、食品工場のれっきとした従業員。

シカゴの食品工場を訪問して愕然。ラテンアメリカから出稼ぎで従業員になった人々の時給が日本円換算で一一〇〇円から一二〇〇円。昨今のわが国での主婦のパート賃金と並ぶような高額であると知った。アメリカでの日常の暮らしコストは、はるかに安いのでみんな喜んでいるに違いないととっさに思った。

アメリカの食品工場は巨大な施設で設備機器も壮観。不思議に感じた私は、さらに内訳を聞き取り調査。ラテンアメリカの人々が正式にアメリカの食品会社工場で働くには、さまざまな条件が必需。ワーキングビザも社会保障も最低限アメリカで生きていくには満たさなければならない。当然、雇い主である食品会社がこれらの大方を準備しなければならない。彼らの経費だけではないが、ほとんど合法的に近いスタイルでの雇用。

そのコストは、まず時給の約三〇%が税金関連。その他健康保険、労働災害など社会保障関連、そして住まいなどを含めると手取りは時給の半分以下で、日本円にして五〇〇円から六〇〇円。これらの経費は、本人と直ではなく会社と従業員間であり、国に税金も支払わなければならない。単純換算して、八時間労働。月にして一〇万円弱。来る日も来る日も同じ単純作業の繰り返しではある。こんな現状の中で同じラテンアメリカの人々出身の中から、工場の管理者になる人も沢山出現している。

しかし、彼らにとってはアメリカへ来て、自国で暮らしているよりは遥かな豊かさを謳歌しているに違いない。小さなハエが工場内を飛んでいても誰も捕まえようとしない。作業に精を出しているからか。しかし作っているものは、食べ物。小さなハエがクッキー生地の中に飲み込まれていくことも? そのまま焼かれて出来上がったら安全かもしれないが?

壁には、食品衛生のための教育をスペイン語で表記、英語ではない。なぜこの人たちは、この小さなハエを気にしないのだろうか。答えは簡単。自国のわが家に戻ったら、ハエと仲良く? 暮らしているからだ。いくら、壁に張り紙、さまざまな手段を駆使しても、衛生教育は至難の業と悟らざるをえないはず。たかが、ハエとは思ってはいけない。綺麗な環境で、安心原材料で食品安全を守れる食品加工への道のりは険しい。

デフレ傾向の食品業界での値下げは、世界一高いエネルギーと人件費でのわが国では難しい。ブンブンハエの飛行スタイルは、海外からの助っ人が働く職場の行く末のようにも。警鐘を促したい。

 

正直表示とFDA 誰もが簡易に理解できる表示を

道端のベンディングマシーンを覗くと、暗いであろうケースの中は妙に明るいのをお気づきだろうか。利用者を意識して企画担当者はパッケージ開発がすべてといってもおかしくない。数ある飲み物の中からパッケージに書いてあるネーミングと、表示に目をやり、最も魅力的なものにコインを投入するからだ。

「無添加」を謳ったヒット和風出し汁の素が、食品業界調味料のお化け会社のシェアを二〇%も奪ったそうだ。ところで、何が無添加か一般消費者には分からない。先だっても行きつけの和風料理屋さんでのこと、「曲がったキュウリでも有機栽培の風味は素晴らしい!」と、教養ある紳士が食べ物話のウンチクを隣の席で講釈。残念ながら、同調を拒んでしまった。何故か食品業界に長くいると、ふと物悲しくなる瞬間そのもの。

食べ物の話は誰にでも通じ、親しみと同時に簡単だと勘違いされるから難儀。現に加工食品の先進国である合衆国でも、料理研究家とフードテクノロジストといわれる食品産業で働いている私たちとは異なった存在としてそれぞれポジショニングされている。が、日本では一向にその気配はない。

無添加だからといって、すべて体にいいというわけではない。日本政府の法律を誠実に守っている各食品メーカーによる考え方で食品添加物を判断実行している。一般消費者が容易に理解できそうなのは、合成保存料、そしてケミカル様の名前がついていない添加物なしということだけというお粗末である。

無添加という言葉は、製品の売上げ向上に寄与しているだけかもしれない。某大手コンビニチェーンで保存料無添加政策は、まさに食品添加物供給業者に台風の目となったのが記憶に新しい。食品メーカーは、食中毒やトラブルが発生したら、大打撃とともにすべてを失ってしまう危険性を知っているからだ。

昨今のわが国の消費者を見ているとアレルギー様過敏症のごとく勉強していないのが一目瞭然。そんなに健康志向なら、今一度、食品、食生活を一考して欲しい。大方の人々は、ダイエットというと、その言葉の意味は、痩身願望を真っ先に連想してしまう。

しかし、実際のダイエットは正しい食生活に基づいた食餌療法、並びに食事を意味している。真実、食品メーカーの開発担当者になったら、その表示をどうするかが最も重要であることを悟るだろう。

アメリカ礼賛を書きたくないが、同国は国を挙げて食べ物で滅びることを知っているかのようだ。いや、心ある人は、すでにその恐ろしさを知っている。肥満の増加で、人々の健康が蝕まれている。戦争による人々との戦いで命を失うだけではない。不当に食べすぎ、さらに不健康なダイエットから根幹を揺るがされている。

アメリカの半数以上の人々は、すでに英語が母国語ではない。スーパーマーケットに行って、加工食品を買おうとしても文字が読めない。パッケージの図柄だけでは何か判断できない。自然とビジュアル志向となって、誰もが簡易に理解できるような方法を目指さなければならない危機に直面している。

加工食品業界、世界の先駆者としてアメリカは、一九九〇年栄養表示教育法(NLEA:Nutgrition Lavling and Educatin Act)に基づく健康強調表示(Health Claim)と、一九九四年の栄養補助食品健康教育法(DSHEA:Dietary Supplement Health Edtucation Act)に基づく構造・機能強調表示(Structure/Function Claim)の制度があることが知られている。アメリカの大統領が自身で指揮を執りゴーサイン、食べ物に対する警告を促す。わが国政府は、総理大臣からではなく厚生労働省の大臣からと大きな差異が歴然と存在している。

一九九一年11月8日FDAは、栄養的な情報、サービングサイズ、叙述的な言葉、健康メッセージのような話題を含む食品表示に関する規則を提案した。日本は、何年遅れで同様の日本語バージョンを実施したのか。フードガイドピラミッドは、アメリカ人の通常生活を分かりやすいように考案された。これを一日、どの程度食べたら体に良いかなど提案、誰でもが理解可能を目標とされている。

過去の世代では、脚気、ペラグラ、壊血病などが食餌の中のどの栄養素欠乏によるものか問題となった。しかし、今日では、食事に少なくとも一部は関係すると考えられている心臓病や癌などの危険から、国民の健康を守る対策が必需。自然と時代を感じさせるが、深刻さを増している。

昨今のわが国、スーパーに行くと産地明記の水産魚や、誰々さん作のトマトやキュウリなどの野菜が店頭に並ぶ。何が違うのか一般消費者には理解し難い現実だ。産地限定などさまざまな試みは賛同の声も高く、そしてマーケティング戦略が露骨に醸し出されている。しかし、「魚沼産のおコメが最もおいしい」では、地図上の隣の地域で収穫される同じ品種はどうなるのか。三重松坂牛はその味、価値はどこまで…? となると本質を見失っているに違いない。

生産者と消費者の隔たりが食のグローバル化によってまた一段と遠くなっている。食の世界、ほんの少し前までは、作る人と食べる人は一緒だった。

輸入食品においては、いずこの国からか? 賞味期限は…輸入されたその日でなく製造された日から何日は大丈夫などと、さまざまな問題が噴出状態。根本的に、国が違えば食べ物については、各々考え方が異なり表示もしかりである。衛生観念までも広義な問題が発生して当然で、国際間の会議は専門家たちの間でも異文化、異論交流などますます難題となって久しい。

おいしいコメとはいったい何? 著名なブランド化されたコメを上手に炊飯したとしても、おいしさのばらつきをどのようにして均等化できるのだろうか。その昔、膨大な品種のあった主食のコメを数えるほどの数だけに減らし炊飯器を使って、均等にクッキングしたら、標準化。品種の少ないコメをどうやって均一化して表示するのだろうか。沢山の課題が山積みではないか。

世界で名だたるFDA(Food Drug Administration)の起源は一八四八年、農務省に新しく設置された“化学課”にまでたどることができる。この年、医薬品に関するアメリカ最初の連邦法“輸入医薬品法”が議会で通過。当時、多くの不良食品や不良医薬品がアメリカ国内に輸入され、大きな社会問題となっていた。牛肉に他の獣物肉を混入、さらには偽の医薬品で尊い人命が失われたり、また、肥満を解消したいと偽の痩身薬事件も発生した。どこかの国の昨今に酷似。お隣の国から輸入されたそれらは、偽り栄養補助食品、何故かそのパッケージに薬効の表示があった。厳しく規制されても後をたたない。

その理由は、消費者が効能表示を信じるからのようだ。長い時を経た食文化から生まれた食品には何かが存在しており、それは効能かもしれない。良薬は口に苦しでも効くから嬉しい。

人々を混乱に陥れること、それは表示を偽れば簡単。現代アメリカのような訴訟天国の状態では成長していなかったに違いない。そんな現実を直視し、“食品・医薬品法”が、不衛生な食品や有害な食品、そして食品に添加される有害物質を防ぐために一九〇六年に制定された。昨今のわが国とは、すでに一世紀近くも前のことだから驚愕する。FDAはアメリカの食品および医薬品業界で不幸な出来事の結果として生まれてきたようなもの。FDAが実施すること、実施しないこと、それらは多くの人たち、世界中にさまざまな方法で最大限の影響を与え続けている。その理由は過去の教訓、加工食品の表示を偽ったら、何が起こるかすでに体験済みという証拠。わが国は、いつになったら日本語という素晴らしい言語とともに、表示できるのだろうか。

豊かな日本人は、“飽食の徒”となって久しい。表示は国策として、より高い次元で熟慮すべきだ。アイデア不足になると食品メーカーは、その原材料の中に食品の機能性(効能など)を表示。製品開発には、“正直表示”とともに、ひと味異なった魅力あるアイデアが溢れ、おいしいと感じリーゾナブルプライスを旨とする製品を、私たち消費者は待ち望んでいる。

 

食品の安全とSARS 安全な製品供給の再度見直し強化

世界を震撼させているサーズウィルスも、いまだ感染経路が判明せず恐怖は倍増するばかりだ。いたずらに危機感をあおるつもりなど毛頭ないが、サーズと食品業界への激震を微塵だに感じていないのは、ノー天気な日本人だけかもしれない。世界は確実に動いているのに。極東に居する日本を欧米人がどのように思っていることだろうか。トロントのチャイナタウンで、アジア人偏見運動が強くなってきてチャイニーズレストランは人出が激変。ニューヨークでも同様な現象が起きている。海外出張もままならない今日だが、脅威だけ感じていてはことは治まらない。先ず正しい情報を入手する事が最大課題。

昨今の科学技術とコロナウィルスとの熾烈な戦いが続く中、香港のマンションを隔離閉鎖した時の海外専門家の言葉が記憶に残り、食品業界に働く一人として、無知さにショックを感じないわけにはいかない。水平感染と垂直感染、その両方の可能性から追求しているそうだ。香港のマンションの高層階からの感染者続出、つまりドブ(汚水)、温暖な気候から、そこを住処と活動している動物や昆虫、害虫が疑われて当然。ゴキブリ、ネズミ、蚊、ハエ、蚤など食品業界異物混入のさいたる原因たちが感染国から上陸(輸入)されてきたら、どう対処するのか。

グローバル化とともに資源の欠乏、自国で作物供給が不可能なわれわれ消費者は、すでに危険に直面しつつあるのかもしれない。食品会社は消費者への安全な製品供給努力を再度見直し強化して欲しい。

当初から患者や、感染者の咳やくしゃみなど浴びる“飛沫感染”が中心といわれてきたが、接触感染の疑いも出てきた。いずれにせよポリオ(日本脳炎)の時代を経験した戦後生まれのわれわれは、予防が基本だということだけは教育の結果として知っている。

「高層マンションの上下水道はどうなっているのか」、ここぞとばかりに大衆メディアは、サーズ予防に基本が大事とアピールする。「とにかく流行地域に行かないように」「手洗い、うがい、食事、睡眠をしっかりとって」と、公衆衛生、食品製造安全のためへの品質管理の永遠のテーマを再度勉強しているかのようで、衛生教育が必要なことを再認識させられる。

本当の食品安全、そして食品衛生とは何なのかをサーズの脅威が食品業界で働く人々に明確、そして容易に気づくような国際動向を提言しているかのようだ。

世界的レベルでの意見の一致で安全性や表示のルールの論議が行われなければならない。各国が各々その主張を繰り返す中、コンセンサスを得るには大きな障壁が存在する。昨今の遺伝子組み換え食品騒動には、欧州の農業政策が根底に見え隠れしているが、世界は確実に歩み寄りつつあることも事実。わが国の食品会社は、この大きな船に乗り遅れないでほしい。

サーズ蔓延を阻止するために、国際諸国の(生活)安全行政への取組みにおけるリスク管理に対応する考え方の差異は大きい。迅速性と徹底した国民全部を国として守る国防を主眼。人獣感染症と食品衛生の問題は、国民の健康保護を基本とするには、食品安全を守ることが第一。食品取引(貿易活動)に支障が生じても致し方ない。昨今のQ熱騒動:某週刊誌記事の言論テロそのものに食品の安全における後進国性、グローバル化できていない姿が見え隠れしている。食品メーカーが安全に問題のあるものを販売するはずがない。日本の食品衛生法をはじめ、メーカーは法律を守っていると信じていたい。

サーズは典型的な未知の人獣感染症(現時点では科学者による正確な解明はされていない)。伝染病予防法による判断は、日本では人権擁護の下に数ある法律の中からの一つとしての位置づけに過ぎない。たとえグレーのレベルの患者がすでに発見されていたとしても、その対応は困難を伴う。しかし、そんなことをしていたのでは、わが国で患者が発見されたらパニック状態になるに相違ない。国際スタンダードによる考え方では、人々、国民を守ること、国防を第一判断基準と同格に感染(伝染病)予防によるリスク管理が実施されている。責務の位置づけが違い、食品衛生概念も同様で、国、地方団体および事業者(食品会社)が対応の仕方によって処罰のあり方が異なる。

食品行政の改革の大きな要因は、国際化の進展。国と国の行政機構のあり方も考慮されなければならない。昨今の食品安全行政における諸外国の総合対策管理は、一にリスクアセスメント、二つ目にリスクマネジメント、三つ目にリスクコミュニケーション。これらの流れは一九八〇年代にアメリカが先導役を果たし、九〇年代にはコーデックスで認可。国と国の横の統合化が求められる中、日本国内における食品安全行政を見直す横の統合化を進化させなければとあせる。

究極食品の安全性の関心、それは“健康”そのものである。本欄では、サーズは再び食品の安全を深く考えるチャンスであり、教訓と提言したい。

 

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